はじめに
近頃では、3Dプリンタなど手軽にモノづくりができるツールが充実してきたこともあり、趣味で本格的なモノづくりをしている人たちが増えているように感じます。ネット上に公開されている様々な事例を見ていて、みなさんホントすごいな!と思います。
しかし、ネット上に公開されている情報の中には、個人の自己顕示欲が優先され、安全について周囲の助言に耳を貸さず、非常に危険なモノづくりをしているケースもみられます。このような危険行為をする人たちに対して、どのような伝え方をすれば安全確保の重要性を理解してもらえるのだろうかと、近頃よく考えています。
そこで実験的な取り組みとして、あまり他で語られることの少ない「DIYと安全」をテーマにした解説記事を、産業界での取り組みを参考にしながら、本ブログで数回に分けて載せていきたいと思います。
「趣味のモノづくりを、いかに安全に進めるか?」
について、趣味でモノづくりをされている方に少しでも知っていただき、参考になれば幸いです。
本記事の目的
単刀直入にいうと、
少々危険に「見える」趣味でのモノづくりを、安全に進める(または、進めてもらう)ための方法を理解していただくことです。
趣味でのモノづくり(DIY)をする人の中には、基本的な知識がない状態で、知らないうちに相当危険な作業をしている方も見受けられます。こういった方に、自分や他人が大怪我をしないよう、少しでも安全に作業をしてもらいたいのです。一方で、私たちは安全のためだからと言って、チャレンジングなモノづくりを止めてほしいとは思っていません。とにかく安全のことばかり考えるならば、何もしないのが一番ですが、何事も挑戦無くして進歩はありません。今の社会を便利にしている様々な発明も、一見危険に見える「挑戦」の末に生まれているわけですから。
安全に対するきちんとした知識を持ち、一見危険に見えるモノづくりにも、正しい準備・対策を行って、臆せずトライしていきましょう!
(しっかり安全対策していれば、高いところも怖くない!)
「安全」とは何か?
1回目となる今回の記事では、「DIYと安全」に関する話をするにあたり、基本的な考え方について、読者の皆様との意識合わせをしていきたいと思います。
さて、まず考えてほしいのは、
「安全」とは何か?です。
「そんなわかりきったことを聞かないでくれ」という意見が聞こえてきそうですが、これが一番大事な概念なので、お付き合いをお願いします。「怪我をしないこと」「危険なことをしない」などなど、もっともらしい答えがいろいろ考えられますが、ここでは
安全とは「許容できないリスクがないこと」
と定義します。これはISO(国際標準化機関)とかいう組織で定められた安全規格(※)に基づく、世界標準の定義です。
※ISO/IEC GUIDE 51:2014。対応国内規格:JIS Z 8051:2015
「リスク」とは何か?
では次に、安全の定義の中に出てくる「リスク」とは何か、について考えます。「危険(性)」という直訳もよくなされますが、少々不正確です。英和辞典によれば、
将来のいずれかの時において何か悪い事象が起こる可能性をいう
そうです。この「可能性」という考え方が極めて重要です。安全に関して言えば、先ほどと同じ安全規格において、
リスクとは、「危害の発生確率及びその危害の程度の組合せ」
と定義されています。ここでいう危害とは、怪我や財産の被害、心理的な不快感など、それを受ける個人にとってあらゆる「嫌なもの」を指します。(※)
※JISには「人の受ける身体的傷害若しくは健康傷害,又は財産若しくは環境の受ける害」とある。
「絶対安全」は存在しない
ここで、先ほどの「安全」の定義を振り返ります。安全の定義は、「許容できないリスクがないこと」でした。これは裏を返せば、「許容できるリスクがあったとしても安全だ」と考えることができます。ひょっとしたら読者の中には、「リスクがあるのに安全だなんて、おかしい!」と思う方もいるかもしれません。
そんなあなたは、胸に手を当ててよく考えてみてください。この世界に全くリスクがないことなどあるのでしょうか?例えば、あなたが“安全“な家にいたとして、
- 空から落ちてくる隕石に当たって死ぬリスクはないのでしょうか?
- いきなり部屋に強盗が押し入り殺されるリスクはないのでしょうか?
- 急に心臓発作に襲われるリスクはないのでしょうか?
「全くない!」と言える方はほぼ間違いなく、いないでしょう。このように、リスクが全くない状態(=絶対安全)は存在しないわけです。
「何をそんな極論を!」とおっしゃる方がいるかもしれません。しかし、このような極論と、皆さんがよく考える「危険」とは、いきなり白黒分けられるものではなく地続きだ、ということを意識してください。程度問題です。そういう意味で、「許容できないリスクがないこと」という安全の定義は、大小様々なリスクに対して、どこまでなら安全なのか、現実的な線引きをして考えようという、極めて現実的・合理的な考え方であることがわかるはずです。
「絶対安全」など存在しないのです。
どのように「安全」にするか?
では、自分がやろうとしている作業をどのようにしたら安全にできるでしょうか。答えは極めて簡単で、「許容できないリスクがない」状態にすれば良いのです。具体的には、
- 自分がしようとしている作業が何かを決めて、
- そこに潜んでいる危険源→リスクを見つけ出して、
- 許容できないリスクに対して、許容できるレベルまでリスクを下げられる策を考える。(そして実行する)
ということです。このプロセスは「リスクアセスメント」と言われ、産業界では、製品の開発時や作業の前に必ず行われます。
ここで、注意すべきポイントが3つあります。
一つ目は、目に見えて明らかなリスクだけでなく、これまで経験していないが、起こる可能性のあるリスク(潜在するリスク)をもれなく見つけ出す必要がある、ということです。なぜなら、リスクが分からなければ、その対策を考えることすらできないからです。特に、これまでやったことのない作業の場合、関連する経験や知識が不足していると、リスクの発見が難しいこともあるでしょう。だからといってあきらめないでください。現代ではインターネットで似たような作業の事例を検索してリスクを把握することができますし、思い切って有識者に質問することだってできます。
二つ目は、闇雲に見つけたリスクの対策をするのではなく、許容可能なレベルの線引きをした上で、優先度を付けて対応するべき、ということです。例えば、ある作業で10種類のリスクが見つかったとして、闇雲に9種類のリスクを低減する対策をとったとしても、残りの一つが重大なリスク(例えば、人が死ぬ可能性が極めて高いリスク)だとしたらどうでしょうか。総じて的外れ、というほかないでしょう。リスクの種類数を少しでも減らす、のではなく、あくまで「許容できないリスクがない」状態とするためにまず何をするべきか、を考えていきましょう。
三つ目は、人の注意力や努力に頼った対策になるべく頼ってはいけない、ということです。そのような対策はあくまで最終手段です。なぜなら、本質的に「人は間違える」ものだからです。完璧な人間などいないのです。「頑張れば間違えない」「努力すればなんとかなる」といった根拠のない根性論は捨て去りましょう。そのような考え方をしている方は、思考停止状態に陥っていることを自覚するべきです。根性論ではなく、自分の頭でリスクを低減する「仕組み」を考えることが大切です。かのトヨタ生産方式でも、「人を責めるな、しくみを責めろ」と言われますね。言い得て妙だと思います。
具体的な方法については、次回以降の記事で紹介していきます。
コラム:日本と欧米の安全に対する考え方の違い
さて、ちょっと余談です。実は、先ほど挙げた3つの注意すべきポイントは全て、日本人に根付く「安全」に対する考え方を持っていると陥りやすい問題点に対する指摘なのです。
日本と欧米では、一般庶民の安全に対する考え方が大きく異なります。安全工学の専門家である明治大学の向殿名誉教授によれば、以下の表のような違いがあるとのことです。
表出典:向殿政男「日本と欧米の安全・リスクの基本的な考え方について、標準化と品質管理 Vol.61 No.12」 2008
日本の考え方「災害は努力すれば二度と起こらないようにできる」「災害の主要因は人である」「目に見える危険に対して最低限のコストで対応」「発生件数重視」・・・これらを見ていただければ、なぜ先ほどのような注意点を説明したか、明らかでしょう。このような違いは、日本が島国であったため外界の危険が少なかった、自分の身や自由を自分で守る意識が薄かった等、地理的文化的な様々な違いから生まれたものと推測されています。
確かに、何でもかんでも欧米の考え方が正しいとするのには違和感があります。ただ、安全に対する考え方に関して言えば、学ぶべきことがたくさんあるように感じます。日本的「根性論」に縛られず、自分の頭で論理的に考えて、安全にするための方法を考えていくことは、極めて重要なことだと思います。実際に産業界では、近代に入りこの欧米の考え方に基づいた安全管理の仕組み(労働安全衛生法、および関係法令など)が採用された後、一定の効果を上げています。同じ日本人であっても、産業界に身を置く人であれば、この欧米的な考え方やその重要性をある程度身をもって理解していることでしょう。
しかしながら多くの日本人の中には、このような日本的な安全に対する考え方がまだまだ根強く残っていると思います。その結果、考え方の違い方から「安全」に関するコミュニケーション不全がたくさん起きていると考えます。向殿教授(当時)も以下のように述べています。
「消費者の多くは、安全といえば一切危険は存在しないという絶対安全を考えている人が多く、リスクの概念や消費者責任の意識に乏しく、ただ騒いだり不安になったりするだけの傾向もある。特に報道機関も含めて、過剰対応としか思えない例もある」
ネット界隈には、自分のモノづくりに対して周囲から安全上の指摘を受けた際に、「安全おじさん」と揶揄して炎上沙汰にするケースも時々見られます。これもここで指摘されている「過剰対応」の一例なのかもしれませんね。
産業界に身を置かず、趣味でモノづくりをする方々にも、ここまで説明してきた「安全」「リスク」に対する有用な考え方を理解してもらいたい、そして、少々「危険に見える」モノづくりに対しても、安全について建設的に周りと議論し、現実的な対策をした上で、果敢にチャレンジしてほしいと願っています。
まとめ
今回は、「DIYと安全」について考える上で大切な「安全」「リスク」の定義と、それらを考慮した「安全に対する考え方」について説明しました。大事なポイントをおさらいしましょう。
- 少々「危険に見える」モノづくりにも、適切なリスクアセスメント・安全対策をした上で、果敢にチャレンジしてほしい!
- 安全とは、許容できないリスクがないこと
- リスクとは、危害の程度と発生確率の組み合わせ
- 「絶対安全」は存在しない。
- リスクアセスメントでは、
- 作業内容を決めて、そのリスクを「もれなく」洗い出し、
- 許容できないリスクに対して、人の努力や注意になるべく頼らない「仕組み」での対策を考えて、
- 優先順位を決めて実行する。
次回以降、「リスクアセスメント」のより具体的な方法について、産業界での事例をベースに、DIYでも使えるような形に咀嚼しながら解説していきたいと思います。よろしくお願いします!
(サンドマン)
EmoticonEmoticon